脇町_うだつ

うだつ(卯建)

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うだつの起源

京の町屋は、平入りの軒が横に連続して並ぶ町並みで隣家の仕切りとして板を置いたのが 始まりです。それから板が防火の役割を持つ土壁作りで瓦葺き小屋根の袖壁になった。

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脇町のうだつの始まり

江戸の始めから頻繁に大火を記録するが特に文政12年(1829年)の大火は北町、中町の 169軒が残らず焼けた。火の粉が軒をはうのを防ぐ袖壁うだつは、18世紀末から明治に かけて、競って防火のためのうだつが作られた。

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うだつの字(卯建と梲)

うだつを漢字で書くと「卯建」「梲」と書くがいろいろ諸説あり。 うだつを正面から見ると形が干支の卯(兎)に似ているため。 火の守り神の卯(うさぎ)に祈りが籠められているため。 屋根の棟木を支える短い柱(梲)裕福な家だけがこの壁をあげられる。

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うだつのことわざ「うだつが上がらない」

語源はうだつ(梲)のように頭をおさえられてなかなか出世できない。なかなか裕福 にならない。また、袖壁うだつを設けるためには余程の金持ちでなけらば出来ないた め富の証とした。

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脇町のうだつの数

38軒で70棟である。内訳は南町が22軒で44棟、北町が8軒で13棟である。 本町、中町、島口、大工町に各1軒(計8棟)猪尻3軒(5棟)平成10年調査

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うだつの見方(町歩きのポイント

江戸時代はうだつの屋根と2階の軒が繋がっているため防火の役目をした。 明治に入ると隙間ができ単なる飾りの役目となる。 うだつの屋根は寄棟がほとんどだが一部、切妻のやねがあり。 うだつの鬼瓦にいろいろな物を配置している。(経の巻、宝珠、家紋など)

「町の人からのレポート」